第1話 〜 ミサト、決壊!(前編)
作 / Sa−toshi ・ 画 / 森里 涼


「ったく、もうっ!」

 深夜0時、サイドボードに置かれた小さな目覚しが日替わりを告げる軽い電子音を奏でる。若きNERV作戦本部長・葛城ミサトはマンションの自室のハンディターミナルや書類が散乱した机に向かいながら不機嫌そうに言葉を吐くと、右手に握っていたペンの軸を机の縁に叩きつける。ここ3日は自宅に戻っても持ち帰り仕事の以外はシャワーを浴びてベットに横に転がるだけ。それも睡眠と呼べるものは平均2時間も取れているかどうか。謎の敵・使徒の襲来は何とか実用に漕ぎ着けたEvaシリーズでしのいでいる。
 しかし、ちょっとしたビル並みの巨体が暴れ回るのだから、その事後処理は大変だ。毎回、1街区や2街区は家屋が全半壊。撃退に手間取って余り役に立たない国連軍の助太刀など借りようものならば、住民が避難しているのをいいことに場所をわきまえない一斉制圧射撃などをしてくれるし、まかり間違ってN2爆雷など使おうものなら小山ひとつが消滅したり、直径数キロはありそうなクレーターをこしらえてくれる。その尻拭いは作戦指揮の不手際として最終的に彼女が一手に引き受けることになるのだ。もっともそれだけならば、作戦部トップが負う当然の職務として我慢も出来るが、今の彼女はむずかしい年頃の少年の身元引受人でもあった。

「あんたに母親の真似事なんて無理…か、ホント、三十路目前にして結婚の気配もない女に母親の真似事なんて無理なのかもねぇ」

 机の上に腕を組んで顎をのせながらミサトはそう呟いて、ちょっと前にNERV技術開発部のE計画責任者であり親友でもある赤木リツコに言われた言葉を頭の中に逡巡させながら、半ば実験対象として呼び出し状1通でこの地球防衛拠点に引っ張り出されたひとりの少年との昼間のやりとりを思い出した。

■■■

 その日の午後、芦ノ湖直下の深々度空間にあるNERV本部では、現有最大戦力というべき2体のEvaシリーズによる効果的連携機動のシミュレーションを行っていた。しかし搭乗者の精神感応に行動の多くを依存するこの兵器において、搭乗者の意識散漫は決定的なマイナスとなる。実戦タイプとして完成した2体目のEvaである初号機搭乗者は、この日全くノレない状態でシミュレーションに臨んでいた。再三のリスタートでも芳しい成果はあがらず、シミュレーションは中止された。

「いつも同じだ」

 造り付けの味気ないロッカーや椅子が蛍光燈の色で余計に肌寒く感じられる搭乗者待機ブロックの入り口にある更衣室。中学校の夏服を着た初号機パイロットの少年は、そう呟きながら椅子に座っている。ケイジ上で行われていたシミュレーションに同席していたクラスメートの零号機パイロットの少女は、随分前にさよならも言わずに帰ってしまっている。
 ひとり残された彼の名前は碇シンジ。物心ついた頃から彼は孤独だった。もっとも、幼くして母とは死別したが父は生きている。それも彼の身近で仕事をしている。そして最高責任者として彼に生きるか死ぬかの戦いを命じている。
 だが、父・碇ゲンドウは遠い存在であった。仕事一途の父は親としては極めて消極的だった。父と息子の仲というものがどんなものなのか、彼にとってはドラマや映画の中で語られる絵空事で想像するしかない。父とあまり折り合いの良くなかった親戚に預けられて育ったことで、彼は人付き合いが苦手になった。顔色を伺ってばかりの毎日。いつしかひとりでいることが一番の安らぎになっていた。

「碇シンジ!」

 更衣室の自動ドアが開くのと同時に、若い女の不機嫌そうな彼を呼び捨てた声が飛び込む。ローカットのブーツの硬い靴音を響かせて彼の傍らに立つ作戦部長のミサト。赤い略装のジャケットを黒いタイトミニと組み合わせた意志の強さを体現するようなその姿は、無機質の支配するNERVの空間において熱血漢と言っても差し支えない彼女の言動と共に際立っている。
 セカンドインパクト時に南極拠点に居合わせた者たちの中で唯一の生存者。その生命力の強さゆえの血の熱さなのか、彼女は常に感情を押し隠すことなく物事を口にする。

「この前は命令無視して突撃してみたり、かと思えばウワの空でボーッとしてたり、ホントにアンタって何考えてんの?」

 片手を腰に当て、カールの効いた長い髪を掻き上げた片手で拳を作り、ロッカーの扉をガツンと叩く彼女の口調は相当な怒気を含んでいるが、シンジは腰掛けたまま上目遣いにボーッとあさっての方を見ている。

「あのねぇ、いい?2体でフォーメーション組んでる時は集中するの!余計なことは考えない、さもなきゃ、片方は必ず叩かれるわ、小さな子供じゃないんだからそのくらいわかるでしょ!遊びじゃないんだから実戦でも訓練でも命令はきちんと聞きなさいよっ!」

 幸い勝ちはしたものの、使徒との2度目の戦闘で勝手な肉弾戦に臨んだことも挙げて、一方的にまくし立てるミサト。

「そんなに勝ちたきゃミサトさんが乗ればいいじゃないですか」

 他人事のようにシラけた声でボソッと返すシンジ。昨日は買い置きのビールが切れていた、片付けなければならない書類にサインをするためのペンのインクも切れた。今朝は目覚し時計の電池が切れていた、ついでに愛車のハイブリットカーは機関不調でバッテリー切れ、切れ続きの彼女はついに自分自身が切れた。
 パン!と乾いた音がふたりだけの更衣室内に響くと、ミサトは力任せにシンジの左頬を右手で張っていた。彼女の目は怒りで吊り上がり、感情の高ぶりからか瞳が潤んでいる。

「あんた、いきなり使徒に勝ったからって真剣にならないと今度は死ぬわよ!」

 頬を張り飛ばされた反動で椅子から転げ落ちたシンジは、両手で上体を起こすとキッと彼女を睨み返す。

「勝手だろ、死んだって!どうせ最初からひとりなんだから」

 彼女に負けぬ大声で吐き捨てると、シンジは鞄を置いたまま部屋を駆け出した。

■■■

「中学生相手に大人げなかったな、ホント保護者失格よね」

 ミサトは机の上に組んだ腕に顔を埋めてシンジの顔を思い出す。深い事情は知らないが険悪な父親との関係を考えれば一方的にロクな説明もせずに大役を押し付けて指揮官ヅラして、その上保護者を気取っていた自分は何てひどい女だろう。確かに仕事は山積しているし、半月もすればドイツの研究機関から引き取って『実戦配備』する3体目のEvaシリーズの受領と搭乗者との顔合わせが待っている。疲れは溜まるばかりだが、それをシンジを張り倒す正当な理由とするのは言い訳にしてもヒド過ぎる。
 クシャクシャと両手で頭髪を掻きむしり、ドリンク剤代りのぬるまった缶ビールをひと口ふた口と含んだミサトは、目の前の現実から逃げ出したくなっている。責任者として、また即席の保護者としての責任を背負う彼女を受け止めて泣き言を聞いてくれる者が今はいない。深夜の静けさが孤独感を増長した。

「あいつ、どうしてるんだろう」

 まだ大学生として遊び呆けていた頃、付き合っていたいい加減な男のことを彼女は思い出していた。この頃は夢枕にまで現れるその男とは、下宿先のアパートでママゴト遊びのような日々を送っていた。シャレっ気のないボサボサ頭と剃り残した髭面や、いかにも体育系な骨太の体に厚い胸板。時々風貌に似合わぬ歯の浮くようなことを平気で囁くヘンな奴。

「会いたいな…」

 目を瞑り、陽の高い時間から何度も愛し合った頃を思い出すミサト。シャワーを浴びパンティを着けただけの体に羽織った男物の大きなシャツの日に干した臭いを吸い込むと、風邪を引いたように額から顔全体が火照り始め、あの時の気だるい心地よさが体の芯に蘇る。

「はァァ、誰か…」

 彼女は声にならない吐息で言葉を吐き、両腕で体を抱きしめながら足を膝組みして太股をギュっと絞め込んだ。デスクチェアの上に乗せた尻を少し浮かせては落とす。下腹部の一点が谷間の中で圧迫され、捻り込まれ、心地良さは具体的な快感へと目覚め始める。机に額を落とせば散った髪が頬から顎先、首筋をサラサラと這って切なさを煽る。リズムを付けて絞め込む太股で呼び覚まされた快感に、つい我慢出来ず右手は丹念にレースの装飾が施されたパンティの腰周りからシルクの生地の上を滑る。たっぷりと柔らかい下腹部の張りを体温で感じながら、潤んで起立した肉芽を下着の上から目指す。左手はシャツの前衣を割って左乳房の裾野から、硬く張りつめた半球を搾り込むように押え込み、円を描いて揉み立てる。下向きのふくらみの先で血の集まり始めた乳首は大きく勃起して、人差指と中指で挟み付けると甘い痛みがふくらみ全体へと広がった。

「うっ…うぅん」

 ミサトが小さくうめく度に、机上の資料の上に散った青黒いツヤのある髪がサワサワと音を立てる。右手でパンティ越しに谷間を刺激しながら内股を締め付け、そのリズムに合わせて左手の指で挟んだ乳首をキュッとひねる。潤みで湿った生地から伝わるもどかしく優しい刺激が、かつての甘い情交の夢を頭の中に呼び戻す。

「ダメ、シンジ君がいる…」

 誰に言うでもなく小声で少年の名を口にしたミサト。遅く帰宅した彼女は玄関の運動靴で碇シンジの帰宅を確認していた。この同居は、最初折り合いの悪い父親との同居を拒否して寮での独居を望んだ彼を身元引き受けを買って出た独り身の彼女が強引に決めたのである。もっとも今思えば、こうして時々訪れるひとり暮しの寂しさを紛らわすためにペットを求める気持ちとさして違わなかったかもしれない。いい年をして情けない。惨めさに目頭が熱くなるミサトだったが、胸の奥から鳴咽が漏れそうになるのを我慢する度に、左手と右手そして内股のリズムは一層強弱を付けて激しさを増す。谷間から溢れた潤みは下着の生地をベットリと肌に張り付かせ、その音が聞こえるのではないかという恥ずかしさで耳たぶが赤熱する。

「こ、声を…出しちゃ、はぁぅぅっ!」

 先に帰宅し、自室に篭って顔も合わせようとしない少年がいることを理性が呼び戻して行為を止めようとするのだが、声が出るのを我慢しようとすれば左手は乳房をギュッと掴み、生地の上を這う右手の指は谷間の中に深く差し込まれてしまう。頭の中でせり上がってくる快感と理性が激しくせめぎ合い、ミサトは噛み締めた奥歯をギリリと鳴らして肩を小刻みに震わせる。それが更なる情感を呼び覚ます悪循環に、彼女は涙を流して深くせつない息を吐いた。
 部屋のドアがしっかり閉まっていなかったことや同居している少年が起き出していたことなど、その時の彼女に気を巡らせる余裕などあろう筈もない。

■■■

 思いっきり叩かれた左の頬はまだ熱を帯びて痛い。生まれてから今まで記憶のはっきりしている限り、目上の人から叱責され手を上げられたことはシンジにとって初めての経験だった。NERVを飛び出した時は、叩かれたことにアツくなっていたものの、第三新東京市に来て日も浅く父親はアテにしたくないとなれば、泊り込めるような親友もいない中学生の彼が行く所など他にある筈も無かった。
 スゴスゴとミサトのマンションの部屋に戻ったシンジは、しかし何も口にする気になれずに自室のベッドの中で制服のまま、頬の痛みと弱い自分の現実の立場を紛らわせるかのようにヘッドホンステレオで同じテープを繰り返し聞きながら寝てしまった。

「こんな時間か…」

 目を覚ましたシンジは深夜の暗闇の中で青白いデジタル時計の文字を見た。午前0時をいくらか回った頃だった。ボーッとしながらゆっくり起き上がった彼は、体温と寝汗で生暖かい制服をパジャマに着替えて静かに廊下に出た。はっきりとした空腹感はないが喉が渇いている。頬はまだ触れると痛みがあった。

「ミサトさん、もう帰ったのかな?…やっぱりボクから謝らなくちゃ」

 頬の痛みがシンジに昼間の彼女の形相を思い出させた。きっと自分がいけない事をしたから彼女はあんなに真剣に怒ったのだろうと、彼は素直な気持ちになっていた。ふと、暗い廊下の一点に明りが漏れているのにシンジは気付いた。ミサトが帰っている、彼は幼児が渋々と親に謝るようなためらいを感じながらゆっくりと明りの漏れたミサトの部屋のドアに近付く。あと一歩でドアに手を掛けようとした時、ドアの隙間から漂う異様な雰囲気を感じたシンジはピタリと止まった。

「…」

 体をドア側の壁に寄せて耳を側立てるシンジ。

「ハァァ、うっ!フゥッッ」

 荒い呼吸に混じって聞こえる苦痛を堪えるような短い声。聞きようによっては悲鳴に耐えているような感じがする。一瞬ミサトの具合がおかしいとシンジは思ったが、部屋の空気がそういう感じではない。何か湿った温もりのような波動が空気を伝って彼に届く。
 ゆっくりと顔だけを隙間に寄せて片目で様子を伺うと、ミサトはドアを背にしてデスクチェアに腰掛けて机に突っ伏している。男物のシャツを羽織った肩から背中が時々ゆっくりと動き、その度に頭が小刻みに揺れる。よく見えないが椅子の向うに伸びている組まれた素足は突っ張ったり緩んだりを繰り返しているようだ。
 しばらくシンジは息を呑んでその様子を伺っていたが、その湿った温もりは彼の体に変化をもたらしていた。ミサトの口から漏れる僅かな喘ぎに彼の下腹部は反応し、分身はたちまち硬直してパジャマを突き上げていた。

「うっ…」

 思わず声を漏らしそうになるのを我慢したシンジ。今まで感じたことのない衝動が体の奥から込み上げてくることに彼は戸惑いながらも、腰を引いて分身に伝う衝動をこらえる。ドアの向うのミサトの異変と己の体の急変に、先刻までの、昼間のことを謝らなくてはならないという反省の気持ちは消し飛んでしまった。このままではマズいことになってしまう。何だかわからない抑制の気持ちが彼を自室にゆっくりと後退させる。
 ベッドに戻ったシンジは夏掛けの薄手の毛布を頭まで被って、ミサトの部屋から漂うものに触れた途端に感じた異様な興奮を心の中に閉じ込めようとした。見てはならぬもの、聞いてはいけないものだったような気がする。

「ミサトさんは何を…?」

 何も見なかったのだと平静になろうと思えば思うほど、シンジの頭の中にミサトの姿が幻灯のように蘇る。下半身の硬化した分身はなかなか興奮から冷めてくれない。頭の中のミサトの幻が、エンドレスで彼の目を冴えさせる。

■■■

「むうっっ!くっ…」

 大きな波がミサトの体の中を駆けていた。息を詰めて我慢しながらそれをやり過ごそうとする彼女だが、内股でキツく締め付けた下腹部に添えた両手は谷間を囲む柔らかい部分をパンティの上からワシ掴みにしていた。片方の手の指が脇から下着の中に潜り込み、ベットリとした入り口から内側を掻き出すように動く。体の芯から頭の中へと波が渦巻き、ミサトは歯を食いしばって左右に1度激しく頭を振って果てた。首筋から胸の谷間、前をはだけたシャツの下で張った乳房の下がすっかり汗ばんでいる。
 霞の掛かった頭の中が少しづつ正気を戻して来ると、手慰みの空虚感が全身を覆う。机に伏したまま、ミサトは資料の山の中から机の端に弾き出された写真をボンヤリと凝視した。赤銅色のロングヘアの、快活そうなサマードレスの少女がVサインを投げている写真。

「今度配備する弐号機パイロットの女子中学生か…ホント、私ってば何してるんだろうね」

 少年少女が命掛けで戦っている一方で、指揮官のいい年をした女が、昔の男の温もり欲しさに夜中に手慰みに耽っている。薄笑いを浮かべた彼女の頬を涙が伝い、顔の下に敷いた報告書ににじみを作った。

「作戦本部長葛城ミサト、明日からがんばりまぁす」

 誰に言うでもなく力無くつぶやいたミサトは手の甲で涙を拭い、机から顔を上げてゆっくり立ち上がる。脇から背中にかけて汗を吸ったシャツと汚れたパンティを脱ぎ、ローチェストから丈の長いTシャツを出して袖を通す。すっかり温くなり気の抜け掛かった缶ビールを飲み干すと、彼女は脱いだものを片手に丸めてバスルームに向うために人の気配のない廊下に出た。シンジは朝、起きて顔を見せてくれるだろうか。ミサトは彼の部屋の前で一瞬立ち止まってドアの向うを気にしてから、脱衣スペースに入った。

■■■

 シンジはミサトの足音を毛布の中で聞いていた。彼女がバスルームから自室に戻って小1時間も経ったろうか、でも動悸は一向に納まらない。
 彼はベットから起き出すと、闇の中を何を思うでもなく静かに廊下に出て脱衣スペースに入る。かすかに残るバスルームでシャワーを使ったあとの湿り気を、彼は胸の中に吸い込む。洗面ドレッサーの小さな照明を付けると、自動洗濯ユニットの脇の洗濯物を放り込むための脱衣ケースが目に止まった。ミサトから見て彼はまだ幼過ぎるせいか、彼女は同居する少年を気にすることなく部屋の中に平然と下着を干したり、ピッタリとしたタンクトップや短いパンツのような刺激的な格好をしたりすることがある。だから脱衣ケースの中に下着が放り込んであってもおかしくはなかった。シンジも今までは短気でズボラな姉気取りの女性と、成り行き任せに同居しているというくらいの気分しかしなかった。だが今のシンジは関心の全てをミサトに向けている。彼は脱衣ケースの蓋を慎重に上げると、丸められたシャツにくるまれたシャンパンゴールドの小さな布を掴み出した。そして同じように蓋を戻すと明りを消して足音を立てぬようにゆっくり自室に戻る。
 扉を閉めて暗い部屋の中央に立つと、シンジは持ち帰った布を両手で広げて顔に近付けた。独特の豊潤な臭いがシンジの鼻孔を刺激し、それは脊椎を伝って硬直したままの彼の分身に一層の緊張をもたらす。

「はぁぁ…」

 溜息をついたシンジは、布地にゆっくりと顔を埋めてみる。シルクか何かのツルツルとした肌触りと刺繍の模様取りらしいザラつき、布地の一部は重く湿って更に強い香りを放っている。下半身の硬直は鼓動と一緒に脈打ち、下着を突き上げてムズムズとした感触を伝えてくる。彼はそのまま膝を突いて右手で硬直を掴み出すと掌の中に包み込んだ。呼吸の度に香りは彼の頭の中を満たし、手の中の硬直はヌメりを帯びて膨張するような心地良さが登り詰めてくる。

「ふぅぅ…うっ!」

 心地良さに握り締めた右手に力が入った時、シンジは鼻を鳴らすような小さな声で深く息を吐き、脊髄を尾てい骨から延髄に熱い感覚が走り抜く。頭の中に霧が渦巻き、全身の力が抜けた。握り込んだ彼の右手の指の間からから白濁したものが糸を引いて床に伝う。生まれて初めての放出の快感に彼はしばらく膝を突いたまま動けない。

■■■

「シンちゃん、起きなさい!」

 翌朝、シンジは寝坊をした。不覚にも目覚しをセットし忘れたのだ。ミサトに叩き起こされて彼はハネ起きた。

「時間!時間!早くしないと遅刻しちゃうぞっ」

 彼女は昨日のシミュレーション後の出来事などなかったかのように、明るく振る舞っている。ミサトが下がってから、シンジはハッとして枕の下に手を入れた。小さく丸まったシャンパンゴールドの布切れが掴み出される。興奮の一夜に彼は冷静さを欠いていた。後始末の時、それを脱衣ケースに戻しておかなかったのだ。

「しまった…どうしよう」

 だが、もう学校の始業時刻までに間がない。慌てて制服に着替えたシンジは小さく丸めたものをズボンのポケットに入れて部屋を出るが、ミサトは脱衣スペースに陣取って身支度をしながら珍しく朝から洗濯ユニットを回してしまっている。それを戻そうにも彼女が側に居てはとても出来ない。

「食べてく時間ある?」
「ない」
「顔くらい洗ってきなさいよぉ」

 髪をウォーマーで整えているミサトが体半分だけ洗面クローゼットの場所を開ける。薄い化粧水の臭いが昨夜の彼女の姿をシンジの脳裏にかすめさせると、シンジはポケットの中のものとそれがダブって焦燥感に煽られる。彼女の横で、それを悟られないよう落着かないふうに顔を洗ったシンジの耳に、居間にあるテレビの朝のニュースショーのアナウンスが伝える時刻が聞こえる。もう出掛けなければ間に合わない。

「い、行ってきます!」

 少しヤケっぽくそう言うと、シンジはあきらめてそこを離れた。玄関に向う彼にミサトは駆け寄って、彼が更衣室に置き忘れたた鞄を手渡す。昨日の事や、微笑む彼女の大きく開いたシャツブラウスの胸元がまぶしくて、シンジは視線をミサトから逸らした。彼の少し赤らんだ左頬がミサトの目に入ったが、それを作った昨日の更衣室での一件には彼女も触れずに笑顔を絶やさず言葉を掛ける。

「はい!鞄」
「あ、」
「忘れ物ない?」

 シンジは鞄を抱えてバタバタと自室に戻り、ほんの数秒で戻ると運動靴を突っ掛けて学校に走った。

■■■

 頬にアザをこしらえて登校したシンジはクラスメート、特に転校してから出来た数少ない友達と呼べる鈴原トウジと相田ケンスケの2人に何かとカラかわれた。しかしズボンのポケットにしのばせて来てしまったものが気になって、それに取り合っている余裕などない。退屈な授業もウワの空の状態で6時限目が終業すると彼は慌ててNERV本部に走る。今日に限っては課せられた訓練を一刻も早くクリアして、速攻でミサトと暮すマンションに、彼女より早く戻らなければ…。

「今日は連携シミュレーションは止めて、単独迎撃訓練にするわ」
「はいっ!」
「うーん、いい返事ね!お姉さん、そういうシンジ君って大好き」

 エントリープラグの中で音声モニターから流れるミサトの声に、シンジの心拍数が上がる。朝、マンションで見送られたのを最後に、NERV本部に着いてからもシンジはミサトと顔を合わせていない。顔の見えないミサトの明るいハイテンション気味の声は、何かを装っているのだろうか?とにかく早く訓練を済まさなくてはならないと、シンジは気持ちをハヤらせる。

「何か、今日の彼、気持ちが高ぶっているみたいね」
「興奮しているというより、アセっている感じがします」

 管制室で計器の示す搭乗者データを確認した技術開発部のE計画責任者・赤木リツコと、彼女の部下でまだ少女の面影を残す技術局員・伊吹マヤが一緒にミサトを注視すると、彼女は何か言いたげな2人に反論する。

「ちょっとぉ、私がシンジ君に何かしたっていうの?!」
「どうだかねぇ、あなた最近情緒不安定気味だったから、2、3発シンジ君に見舞ったんじゃないかナって思ったのよ」
「なんか、想像出来ますね…」
「マヤちゃん!そういうこと言う訳?」
「じょ、冗談ですぅ…」

 アンタならやりかねないわ、というようなジェスチャで両手をかざして見せるリツコにマヤが相槌を打つと、ミサトは怖い顔で彼女を睨む。あわてて引き吊った笑いでごまかすマヤ。
 片や模擬訓練用ユニットに装着されたエントリープラグの中で、シンジは仮想イメージの立体映像に向って必死の攻撃を試みていた。何より好成績を収めて早く訓練を完了したいという気持ちで、彼は仮想使徒を追いつめる。Evaが有利な形勢に持ち込むとコンピュータの計算で操られた使徒は動きを早めて迫る。シンジはEvaの機動性を最大に確保するために思い切ってアンビリカルケーブルをカットし、ビルが倒壊するのも構わずに横っ飛びに機体を操作して捨て身に飛び掛かって来る使徒をかわし、急所にパレットライフルの銃口を突き付けてマガジン1本分の徹甲弾をブチ込み使徒を沈黙させた。

「凄いわ、やるもんねぇ彼」
「怖いお姉さんの脅迫が効いたのかしら?」
「内蔵電源で30秒フラット、横ロール1回で有利に占位して終わっています、効果判定A!」

 ミサト、リツコ、マヤが三者三様に感心している中で、シンジはプラグから体を解放して外に出た。しかし帰宅にはやるシンジを更衣室で戻った待っていたのは、レポートの紙の束を持ったマヤだった。彼女の手にした紙の束の厚みを見たシンジの表情が途端に曇る。

「こんなに…これ全部今日中にチェックするんですか?」
「訓練の進行上どうしても必要なのよ、それとも何か都合でも悪いの?」

 クリクリとした愛らしい瞳で軽く聞き返すマヤに向って、早く帰宅しなければならない個人的な理由を説明出来よう筈もない。かと言って堅物の揃っている技術局員に適当な理由を見つけたところで、ハイそうですかと帰してはくれないだろう。

「いえ、何でもないです、わかりました」
「じゃ、チェックが終わったら発令所に寄ってってね」

 シンジにレポートを手渡したマヤは、「お願いね」と念押しのほほえみを送ると発令所に戻って行く。渋々と紙の束を受け取ったシンジは溜息をつきながら鞄を手にして休憩所に向った。

  


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