第2話 〜 リツコ、暴発!(前編)
作 / Sa−toshi ・ 画 / 森里 涼


 カタカタとキーボードを連打する乾いた音が、造り付けの収納以外はスチール机や書棚そしてベットしか置かれてない飾り気の無い部屋の中に響く。防御と機密保持を最優先に建てられたNERV本部の各部屋には直接外部に面した窓は無い。それでも外壁の内側のスペースに設けられた狭い庭らしきものに面した窓からは、まだ日没時刻まで間があるためそれなりの光量で太陽灯の光が差し込むはずだが、ブラインドの降ろされたその室内はデスクライトの青白い明かりのおかげで一層冷たく感じられる。

「限界点が想定値よりもコンマ20も低かったのは意外だったわ」

 NERVそのものとも言うべきマザーコンピュータ「MAGI」のシステム中枢にもアクセス権限を認められた専用のハンディターミナル(無論、そのためにはパスコードも必要だが)の液晶画面に並んだ数値の羅列を眺めながら、頬杖をついているNERV本部技術開発部長・赤木リツコ。本部において全権を掌握している総司令・碇ゲンドウを除けば次の誕生日で30歳というまだ若い彼女が、不在時の代役としてしか存在意味のない初老の副司令を越えた実質的なNERV本部ナンバー2の地位に君じる。組織としてのNERVは対使徒迎撃殲滅のための軍事的存在感が大きいように思われているが、それは大きく成長してしまった組織を国際社会の中で維持していくための対外的な意味合いからそのように見せているのであり、もともとは人類の起源と進化の謎を究明する民間資本の極秘プロジェクト推進機関を母体としている。その意味において彼女の地位は、Evaシリーズの開発から維持、整備、改良研究に携わるE計画の現場部門のトップであり、完成品としてのEvaが用意されていて初めて成り立つ作戦行動を担当する作戦部長の葛城ミサトよりも一段高かった。

「まったく、肩書きなんて貰うもんじゃないわ…」

 計算処理のプログラムを一旦終了させてハンディターミナルの画面から離れると、彼女は掛けていた細いワイヤーフレームの眼鏡を外してブックコンピュータの脇に置き、溜息混じりにデスクチェアに腰掛けたまま大きく伸びをした。その時、ピピッという解鍵の小さな電子音とシューという低い動作音と共にに背後のドアが開いた。彼女は伸ばした腕をパタリと戻して机に向き直る。

「女性の部屋に入るときくらいノックをして欲しいものですね」

 リツコは背後の人影を見ることもなく、机に向ったままで無粋な来訪者に言った。

「年中、白衣を羽織っているキミにそう言われてしまっては立場が無いな…」

 落ち着き払った低い男の声が返る。彼はドアの電子鍵をボタンでセットすると、リツコの背後にゆっくり歩み寄る。

「状況は改善できそうか?」
「技術開発部のメンツにかけても早急にメドは付けたいんですが…」

 男は彼女の左肩に白い手袋をはめた右手をポンと置いて話を切り出す。リツコはその手をチラリと横目で見ながら答える。

「個人的には…」

 声を落として続く言葉を飲み込んだリツコが目を伏せながらその手に自分の右手を重ねると、男は置いた右手で彼女の肩をジワリと掴みながら威圧するように抑揚のない声で言う。

「現場責任者ともあろうキミが、そんな弱気では困るな」

 やがてリツコの左肩を掴んだその手は、肩に続く彼女のうなじや左耳の裏を這い始める。彼女は軽く溜息を混ぜながら、その手に左頬を寄せる。

「司令、まだ問題は解決していません…」
「今日の事故の責任は取ってもらうぞ」

 男の右手がアンダーブラウスの上に羽織った白衣の背中を這い降りるとリツコは黙って机に手を突く。デスクチェアからゆっくりと腰を上げると机の一方の端に置いてあるコップの中に残っている飲みかけの水が揺れ、横に立て掛けた白い薬袋がパサリと小さな音をたてて倒れた。

■■■

 NERV本部では通常日曜日は緊急事態か、あるいはそれが予測される場合でなければ休日当直体制に従って大きな作業は行われない。たが時に人の出入りの少ない休日は重要なテストを行うのに都合が良い。その日の日曜はEvaの機体の反応速度を上げるために、実機を使ったテストを行っていた。技術部と作戦部の面々が実戦同様に揃った第1発令所の正面眼下にあるEvaシリーズ格納ゲージ用ピットにはケイジに固定された蛍光オレンジの実験機塗装の零号機が引き出されている。専任搭乗者の少女、綾波レイを乗せたプラグが挿入されて機体の操作に必要な彼女の脳波と機体システムとの精神的接続が始まると、発令所内の大型プロジェクタ上に複雑な接続チャートが流れていく。

「各制御システム正常値、全精神神経系統の接続を確認」
「零号機、サポートシステムの電圧は正常」
「パイロットの体温、脈拍、脳波は正常値を維持」

 作戦部員の男性オペレータの青葉シゲル、日向マコト。そして技術部員の女性オペレータ、伊吹マヤが各々の手元のモニターに表示されるデータを読み取って、ゲージ上の零号機に異常がないことを確認した。

「これでEvaの動作が少しでも早くなれば、実戦での損傷率が低くなるわ」
「パイロットのセンスの要素が高いけどね」

 オペレータの背後に立つ作戦部長・葛城ミサトが期待を口にすると、すぐ横に立つリツコはあまり期待されても困るというように受け流す。ミサトは味気ない彼女の返答にフンと鼻を鳴らした。

「レイ、両手を上下に振ってみて」
「はい…」

 リツコが白衣の襟元に付けた小さなマイクでプラグの中のレイに呼びかける。レイの機械的な抑揚のない応答と同時にケイジ上の零号機を固定する拘束ロックが外れると、零号機は両腕を伸張したまま水平位置まで上げる。

「3回繰り返して」

 リツコの命令でレイは全く同じ動作を3回繰り返す。寸分違わぬ動作係数の数値が、マヤの受け持つモニター計器に表示された。

「データ、記録完了」
「それでは更新用プログラムを組み込んでテストを始めます、よろしいですね?」

 マヤの報告を聞き取ると、リツコはくるりと後を向いて発令所後方の1段高い位置にある司令席に着いている碇ゲンドウを見た。

「問題ない、やってくれたまえ」

 口元で白い手袋を掛けた両手を組んで実験開始を了承するゲンドウ。色の入った眼鏡をかけたその表情は凍り付いたように変わらない。リツコは正面に向き直るとマヤの左脇に立って上体を屈め、自らオペレータ卓上のキーボードを素早く叩く。少し体をずらして場所を空けたマヤは両手を膝の上に組んでうっとりしながらリツコの横顔とキーボードさばきを見ている。

「レイ、もう1度繰り返してみて」

 オペレータ卓から離れて再びマイクに命じるリツコに、先程と同じ動作を繰り返す零号機。

「マヤ、データの変化は?」
「あ、はい、変動率5パーセント、誤差はありません」

 我に返ってあわててモニターの数値をチェックするマヤ、しかし…。

「ケイジのメインロックを解除、零号機をピットのフロアに降ろします」

 リツコの声に目で答えながらミサトがよし、と頷く。マコトがコンソールボードを操作すると零号機の機体を拘束している油圧ロックが外れ、零号機はピットに足を降ろした。1歩2歩と小股で前進する零号機。しかし次の瞬間、レイの悲鳴と共に零号機はガックリと膝を落としてピットの中にうずくまってしまった。

「キャァァァ!」
「テスト中止!マヤ、パイロットと機体の間の神経接続を緊急閉鎖!」
「日向くん、エントリープラグへの予備回路を残して機体への電源供給停止!」

 リツコとミサトは矢継ぎ早にリカバリー処置をオペレータに命じて機体を抑止させる。

「赤木博士、パイロットの状態は?」
「体温、脈拍、脳波とも危機的状況には至っていませんが、ただちに回収します!」

 司令席からのゲンドウの問いに重いものを感じたリツコは医療班員の招集を手配すると、自らも発令所を駆け出した。

■■■

 技術開発部長室で失敗した実験のデータ解析をひとり続けていたリツコは、背後に立ち自分の背中に手を這わせる男に操られるように机に両手を突いてデスクチェアから腰を上げた。彼女の背後に立つ男は白い手袋をかけたままの右手を背中から離すとデスクチェアをガラガラと後ろに引く。

「わかっているな…」
「…」

 冷めた低い男の声にリツコは無言で白衣の下の黒褐色の短いセミタイトスカートに包まれた尻を突き出し、両足を少し開いた。毎日夕方前に飲み続けている薬のせいもあるのだろうか、既にその男が入室した時から彼女は青紫色のピッタリとしたアンダーブラウスの下につけたブラの中で両の乳首が立ち上がるもどかしい刺激にすぐに反応して潤み始めるのを感じていた。そして男が手袋を外した掌に火傷の跡も痛々しいその右手で彼女のスカートを後ろから腰のあたりまで白衣と一緒に剥き上げると乳首は痛いほどに尖りカップを押し上げ、股間に潤みが熱く溢れ出す。その感覚に自ら急かされるようにリツコの呼吸が少し荒くなった。

「もう、欲しいのか?」

 言いながら男は褐色の薄いパンストの上からパンティに包まれた彼女の大きな尻を、ゆっくりコネるようにグイグイと揉み込む。リツコの頭がその強弱のリズムに合わせて上下する。

「欲しくないのか?」
「…うぅッ」

 男の手が彼女の尻の真ん中に走る深い谷に掛かると、リツコは荒い呼吸混じりにうめく。その手は構わず下着の上から指先を使って谷間の底の菊門、そして会陰を経て彼女の芯門を撫でつけた。上気したリツコの襟元やうなじ、そして剥き出された下半身から淡くおんなの匂いが放たれ始めると、男はまだ手袋をつけたままの左手でズボンのジッパーを下ろし、右手で薄黒く太い肉棒を握り出した。

「あれを毎日飲んでいると、能書き以外の効果もあるんじゃないのか?」
「知ってらっしゃるクセに…あっ!」

 机の隅の薬袋を目に留めた男の問いにリツコが答え終わらぬうちに彼が左手でパンストごとリツコのパンティを引き下ろすと、股布と照明の影で影を作る深い谷の真ん中の間に幾筋もの白銀の糸が引いた。男は左手をリツコの肩に掛けると右手に握られたモノを生身のまま、躊躇することなく彼女の白く艶やかな大きな尻の間から彼女に突き立てる。

「あうッ…アァァ!」

 肩に掛けた手で彼女の体を強引に引き寄せながら、男のそれが狭間の中心にグイグイと詰め込まれる。充分に潤んでいるとはいえ、短い股間への愛撫だけで芯門に埋め込まれたリツコは顎を突き出して額にシワを寄せ大きく喘いだ。男が両手を彼女の尻に回し谷間を広げるように掴み開いてフンと息を弾ませながら腰を突き上げると、性急な行為に仕置きをされる屈辱感と仕事場で無理やりされているという興奮がリツコを一気に登り詰めさせる。机に突いた両腕が何度が伸び縮みし、片手が置かれていた眼鏡を弾き落とした。

「ソ…それッ、あぅ!」

 リツコが高まりに悶えた後、大きく腰を突き込んだ男は動きを止めて己の精を彼女の中に吐き出す。色の入った眼鏡の下の表情は伺い知れない。彼女から放ったばかりのテラテラと光る、まだ硬度を保ったままのものを引き抜きながら男の口元がニヤリとゆるみ顎に貯えた髭が揺れた。

「あの女とそっくりだな、この淫らな匂い」

 男がリツコの尻を再び両手でグイッと広げながら言うと、両手を机に突いたまま果てて頭をうなだれているリツコは何かを堪えるようにウウッ、と声を詰まらせながらすすり泣く。男がそれに構わず掴んだ彼女の左右の尻肉を両手に力を入れてツネりあげるとリツコの泣き声が上ずり、痛みに表情が歪む。

「早くキレイにしてくれ」
「あぁ!…」

 リツコは両足の膝下にパンストとパンティを絡めたままに机の前でしゃがみ込み、男の方を向くと目の前に突き出された力を失わぬ男のモノを口の中に頬張る。彼女の潤みと自分の放ったものでヌメる表面をリツコが舌で何度も舐め取っていると、男は両手で彼女の豊かな退色した黄褐色の頭髪をワシ掴みにして、彼女の頭を前後にグイグイと動かす。

「ウッ!オゥ…」
「うッ」

 喉まで突き込まれて息が詰まりそうになり苦しそうな声を喉の奥から発するリツコと少し口元を歪めて短くうめく男。彼女の口の中にネットリとした濃汁がぶちまけられた。喉を鳴らしてそれを奥に送り込む彼女を見下ろす男の口元に笑みがこぼれる。くわえたままのリツコの頬を涙が流れた。

■■■

 技術開発部長室から男が立ち去ってからしばらくして、リツコは部屋から出て来た。トレードマークの白衣を脱いでアンダーブラウスより濃い同色系のオーバージャケットを着た彼女は乱れた着衣も化粧も整えて、それまでしていた行為をうかがわせるような雰囲気は全くない。既に午後8時をまわり人気のない通路からエレベータホールに出た所で、彼女は葛城ミサトと碇シンジに出くわした。どうやら2人とも同じ階にある作戦部長室に居たようだ。

「リツコさん、残業ですか?」
「ちょっとね…」

 いつもながらの弱々しい微笑みで尋ねるシンジに、愛想笑いで返事をするリツコ。

「テストの件でしょ、サクサク片付けないと碇司令がうるさいもんねェ」
「あなたくらい気楽な性格だったら、こんなに疲れないでしょけどね」
「すみません、またボクのしたことで余計な仕事を抱え込んじゃったんですか?」

 まるで他人事のように頭の後で両手を組んで言うミサトに溜息をつきながらリツコが皮肉を返すと、シンジが申し訳なさそうにリツコの顔色を伺った。

「違うのよシンジ君、誰かさんと違って優しいのねシンジ君は」

 シンジに微笑み返しながら、リツコはミサトを横目でジッと見た。そこにエレベータが来て3人は一緒に乗り込む。シンジを挟んでミサトとリツコが左右に立った。

「こんな時間まで2人揃ってここにいるなんて珍しいわね」
「これからミサトさんと職員食堂で食事なんです」
「そ、シンちゃんの『お赤飯』のお祝い」
「な!何言ってんですか、ミサトさんは!」

 リツコに聞かれて2人でいる理由を口にしたシンジに脇から余計なツッコミをいれるミサトの赤みを帯びた表情から察して、どうやら彼女は既に酒を口にしているらしい。シンジは突然『お赤飯』などという意味深な言葉を出されてアセッてムキになる。

「冗談よぉ、いつも彼に食事の支度頼んじゃってるから、たまには外で食べようってことよ」
「たまの外食がここの食堂?シンジ君も可哀相ねぇ、で、前祝いに私室でビールでも煽ったわけ?」
「勤務時間明けたし、余り硬い事言いっこなし…」

 ミサトのセコさと節操のない酒好き振りに呆れるリツコ。しかし何時の間にかアカの他人同士のぎごち無さが消えて、いいコンビになっているミサトとシンジの間の微妙な雰囲気をリツコは短い会話の中から感じ取っていた。

「あなたとシンジ君って、いつからこんなに仲良しになったの?」

 エレベータが職員食堂やレクリエーション施設のある階に止まった。まずシンジ続いてミサトがゴンドラを降りようとした時、ミサトの耳元でリツコが囁く。

「お赤飯だなんて、意味深ね」
「な、何が言いたいのよ…」

 聞き逃さなかった一言をあげつらうリツコに、少し引きつって小声で返すミサト。

「悪いおねえさんだこと…」
「じょ、冗談じゃないわよ」

 肘で横腹を突くリツコをミサトは腰で突き返しながらゴンドラを降りた。ミサトが下手な嘘をつくときの態度を、学生時代からの知り合いであるリツコは良く知っている。NERV内部で年下の女性職員が結婚したなどという話が飛び交う度に鼻で笑うような態度で強がって見せる彼女が、まだ14歳の少年の初々しい肉体を独占しているかも知れない。それも自分を我慢の出来ない淫らな女に仕立てた、あの男の息子を…?扉が閉じたゴンドラの中にひとり残ったリツコの胸中に薄黒い霧のようなものが広がり始めていた。

■■■

 翌日の夕方、シンジはNERV本部でEva搭乗者として課せられている基本的な訓練プログラムを終えて搭乗者用の更衣室からいつもの制服姿で出てきた。

「さよなら…」
「あ、さよなら」

 普段から口数の少ない零号機搭乗者・綾波レイ。中学の同じクラスでも、人垣からいつも離れているこの少女とコミニュケーションを取るのはシンジも苦手だった。感情の感じられない味気無い挨拶をシンジと交わして、今日もさっさと帰ってしまう彼女。シンジも運動靴の靴紐を結び直してから、エレベータホールへと向う。夕方の日勤終業時間直後ということもあって、そのホールにあるエレベータはどれも各階に頻繁に止まっていて、すぐにはつかまりそうにない。

「仕方ないか」

 あきらめて非常階段のフロアに行こうとした時、背中をポンと叩かれたシンジが振り返ると小脇に書類か何かのファイルを抱えた濃いワインレッドのスーツ姿のリツコがニコニコ微笑みながら立っていた。

「さすが若いわね、階段使おうとするなんて」
「今、すごく混んでるみたいなんで」

 カウントの遅いエレベータの着階表示に目をやりながらシンジは答える。

「今夜、ミサトいないんでしょ」
「ええ、急に1泊で出張が決まったとか朝言ってました」

 前日の夜遅く、本部の渉外担当からマンションに掛かってきた電話で決まった話だった。形式的な懇親会では中味が無いとミサトは電話口でゴネていたようだが、代表として出席する副司令・冬月コウゾウの半ば命令という形で出席を強制されたのだ。おかげでその日の朝からミサトの機嫌は良くなかった。

「なんか、今朝からミサトさんムカついてました」
「ま、戦自の幹部の面々相手にホステスの真似事させられるんじゃ、面白くはないわね」
「ホステス?」

 その話はリツコも聞いていた。男ばかりの懇親会なんてやってられないと戦自側が難癖つけたらしい。最初は仕事の都合があるからとサボるつもりだったミサトだが、結局NERV側の実戦担当責任者でそれなりに若い彼女しか人材がいないということになってしまったのだという。

「父さんも出るんですか?」
「こんなくだらないものに碇司令は出たこと無いわ」
「…そうですか、すみません」
「別にシンジ君が謝る事じゃなくてよ、気にしないで」

 父親の割り切った態度を言ったリツコの言葉にトゲが混じっていたように思えて恐縮するシンジ。そういう意味で言ったのではないと取り繕う彼女だが、シンジの言葉に総司令・碇ゲンドウを思い出した彼女の心に再び昨夜の薄黒いものが蘇ってくる。今夜、目の前にいるゲンドウの息子はひとりきりなのだ。

「シンジ君、今夜は私に付き合わない?」
「え?」
「それとも何か、私と一緒じゃ都合が悪いのかな?」

 突然の「付き合わない?」という言葉を白衣を脱いで鮮やかなスーツで決めたリツコの口から聞いてドッキリするシンジは、ミサトと一夜を共にしてからそういう言葉に少し敏感になっていた。そんなシンジの態度をからかい半分に突くリツコ。

「ペンペンは作戦部事務方の知り合いに『貸し出した』って聞いてるし、帰ってもひとりで食事して寝るだけなんでしょ?」

 リツコの言うとおり、温泉ペンギンは是非にも預かってみたいと冷蔵庫までレンタルした熱心な女子職員のところに出張中で、今夜のシンジは全くのフリーの身だった。

「じゃぁ決まりね、たまにはお姉さんにも付き合いなさいな」
「え、あの…」
「技術開発部長としての命令よ、シンジ君」

 ようやく来たエレベータの扉がチャイムの音と共に開くと、ウインクしたリツコは有無を言わさずシンジの腕を取ってゴンドラに乗り込んだ。

■■■

 NERV本部に泊り込まない時のリツコは近場に借りているワンルームから通勤することが多いが、時々は箱根から少し離れた湯河原にあるマンションから車で通うこともある。そのマンションの一室は既に亡き彼女の母が残したものだった。リツコはシンジを本部の車庫に連れて行くと、渋り気味に遠慮している彼を半ば強引に自分の車に乗せて車両用のリフトで地上に上がる。

「リツコさん、車持ってたんですね」
「ほとんどココの車庫に預けっ放しだけどね」

 簡素だが造りのしっかりした外国製大型4駆のザックリとした大きな助手席シートに体を沈めるシンジ。クールなキャリアウーマンを絵に描いたようなスーツ姿のリツコが馴れた手付きで大きな車を運転している姿は、騒々しいミサトと違った妖しさがある。彼はその横顔をしばしボーッと見つめた。

「ん?どうかしたのシンジ君」
「あ、いえ」

 前を向いてハンドルを握りながらシンジの態度を伺うリツコの声に、慌てて下を向くシンジ。そうこうしているうちに車はミサトのマンションの前に止まった。

「着替えと明日の教科書取って来なさいな」
「あの、付き合うって食事するんじゃ…?」
「そうよ、私の部屋でね、明日は学校まで送ってあげるから」
「えっ?困ります…」
「ふゥーン、私の部屋で食事をしたら都合が悪い事でもあるのかなぁ、シンジ君は?」
「そ、そういう訳じゃないです…」
「待ってるからね」

 思いがけないリツコの招待に戸惑って声が裏返るシンジの態度を、悪戯っぽくあげつらい困らせるリツコ。

「…勝手に部屋を空けてミサトさん、怒んないかなぁ」

 小声で呟きながらシンジは仕方なく荷物を取りに部屋に行き、数分でリツコの車に戻ってきた。

「案外、嫌がって戻ってこないかと思ったわ」
「い、嫌だなんて」
「それとも、何か妙なコト期待しちゃってるとか?」
「妙なコトなんて…」
「あらぁ、やっぱりこんな年上のオバサンには興味ないのかな?シンジ君は」
「オバサンだなんて、リツコさんはとっても綺麗です!素敵です」
「お世辞でもうれしいわ」
「お世辞じゃありません!もう、何か変ですよリツコさん」

 車中こんな会話が続き、シンジはリツコにいいように言葉でもてあそばれた。車は第三新東京市の夜景を眼下に見下ろす箱根外輪山沿いの道から南に峠を越えて湯河原に下って行く。セカンドインパクトによる気候変動で海面が上昇した上に温泉の湯量も細ってしまった今では、標高の高い新湯河原地区に数える程の旅館とマンションが再建されただけで、そこにかつての温泉街の賑わいはない。

「さっ、着いたわ」

 少し年月を感じさせる落ち着いた外観の3階建ての低層マンションの駐車場に車を入れると、リツコはドアロックを解除してエンジンを止めた。NERVを中心とする一大防衛拠点として箱根地区に第三新東京市が造成開発されて以来、その周辺からは戦火を避けようと疎開する家が急増した。ここも灯りのついた建物は少なく、リツコの車以外に駐車場に停められている車は無い。シンジは荷物を手にしてリツコの後に続きエレベータで3階に登り、黒い重厚なドアをくぐって彼女の部屋に入った。

 


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